【女性チェンバロ製作家 久保田みずきさんを訪ねて】

久保田 みずき(くぼた みずき)

1984年生まれ。大学卒業後、父親が経営する久保田彰チェンバロ工房で、チェンバロ製作の修行を始める。テンペラ画、イタリア古典技法を椎橋文子氏に師事。近年は主に装飾を担当する傍ら、チェンバロの魅力を伝えるため、チェンバロのペーパークラフト講師としても活動中。

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久保田チェンバロ工房ホームページより

 2021年2月コロナ渦中、重なるご縁とタイミングに恵まれチェンバロ製作者の久保田みずきさんを訪ねて埼玉県新座市の久保田チェンバロ工房へ。

女性のチェンバロ製作家は世界的にも大変珍しいそうです!

【久保田みずきさんへのインタビューから】

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新作フォルテピアノの調整をする久保田彰さん

ーーお父様から技術を教わるってどんな感じですか?

みずき:一番最初に日本にヨーロッパからチェンバロが入ってきて、それが日本で不具合をおこしてなんとか直さなきゃいけないのを試行錯誤して技術を得てきた世代で、いまは博物館に置いてある図面が公開されたりもしているんですけど、そういうものも当時はなくて。

当時は写真にちょっとだけ写っているチェンバロを、たとえば横に置いてある椅子がこのサイズだからその比率で考えるとこのチェンバロは何センチで、、、みたいな、そういうちょっと途方もないことをチェンバロを作り始めた世代なんですよね。それをある程度わかったうえで噛み砕いて教わっている以上、どうやっても勝てないなって部分はそれはやればやるほど感じますよね。

ーーピアノだとそういうのって戦前のことで、もうその世代の人は残ってないんですよね。日本における製造というと第一世代は明治時代の技術者と思いますが、ピアノ修理は戦後生まれの方が第一世代でピアノ塗装をどうやってやるか全く情報がなかったから最初にペンキ塗ったりしちゃったんだよ...と先輩から聞いたことがあります。

ーーモダンピアノでは演奏会の9割以上がスタインウェイみたいな感じですが、チェンバロでは演奏家がすごく好むチェンバロってきまっているんですか?

みずき:ピアノにおけるスタインウェイみたいな楽器はないと思います。時代や国によって1段になったり2段になったり音域が大きくなったりするんですけど いろんな曲を弾くには2段鍵盤の大きめの楽器が演奏会ではメジャーな楽器ですかね。

 

 また国によってモデルが違います。
イタリアならイタリアモデル、イギリスならイギリスモデルとか。 フランドル地方ベルギー、オランダのルッカース工房が作ったチェンバロはすごくはやって、 そこでチェンバロという楽器自体が爆発的に流行るんですね。そのあとルッカースモデルはフランスの宮廷文化に登場してきて、フランスにはそれまで独自に発展したフランスのチェンバロがあったけどそれよりルッカースモデルが流行ってしまって、それがいいってことにな る。その上さらに音域を広げられないかって話になって、フランスでルッカースをさらに大きくする改造とかが始まって、すごく豪華で一番大きな楽器っていうのがその時フランスでできるんですね。フレンチモデルを持ってる方が多いのはチェンバロがなくなるギリギリ最後、一番発展したかたちがフレンチですし、音域も一番あるし一番大きな音がでるし、フレンチを作ったり持ってるかたは多いと思います。

 

 でも、久保田チェンバロではルッカースモデルが主力でフレンチは音域がFからF、ルッカースはGからEで少し少ないのです。なぜそれを主力にしてるかというと構造や響板の大きさ的に設計のバランスが良いと思うサイズだからなんです。 様々な楽曲に対応できるっていう部分では大きい方がいいのかもしれないですけど、なにがこの楽器にとっ て一番良い音なのかって考えたときにGからEのサイズっていうのがベストと考えています。

ーーわかる気がします!ピアノも調律師や演奏家がとても好むフルサイズではないモデルがありますし。設計がもたらす音楽的な要素は非常に大きいですよね。 そうそう、古楽演奏家って増えてる印象ありますか?

 

みずき:チェンバリストといえば芸大を卒業する生徒が急に増えたりとかしてないですし、すごく増えた印象はないですが、ピアノの先生がチェンバロももっていらっしゃるというのは増えている認識があります。 また、ちょっと前は子どものときにピアノをされていて何かの機会にチェンバロを知り興味をもって転向するというのがほとんどの流れだったのが、最近教科書にもチェンバロが載ってたりしてるんですね。それで、ピアノを一切経験せずに最初からチェンバロを習うってこどもがちょいちょい出てきてるんですよ。それってやっぱり色んなところで触れられる情報量が増えたっていうか、本当に新世代だな、って気がしま す。

 

ーーそれは楽器として可能性を感じますねー。しかも楽器製作の一からをこういう規模でできるって。ピアノに比べたら夢のようです!!

 

みずき:金属を加工する技術をほとんどチェンバロは使われていなくて、 ほとんどが木なのでそんなに規模が大きくなくても工房はできますね。

 

ーーみずきさんのやっていきたい方向ってあるんですか? お父様の久保田彰さんは現在フォルテピアノの製作に取り組まれていますが...

 

みずき:フォルテピアノは父が一人で作ってたんで...

 

 チェンバロは製作家によっていろんな考えがあると思うんですけど、たとえばジャックにとりつけられているタング、うちはプラスチックの部品を使っているんです。
当時はもちろんプラスチックじゃないです。

 チェンバロ好きな人って昔のものが好きな人が多いし、誰が製作した 楽器なのか、モデルにこだわる人も多いです。製作された当時の弦を再現するために、科学的に解析して、あえて不純物が多いような鉄の弦をつくって張ってみたり、どこまで昔の音に近づけるか?という価値観が大きくありますが、うちの楽器はそうではない方向です。お客さんに会っ て話をきいたり、他の人の製作されたチェンバロのメンテナンスをする機会があり、何年もしているうちに、趣味でチェンバロをやっている人にいかに寄り添えるか?という価値観が大切なんだな、というのはすごく感じていて。

 例えば、タングの部分を木で作ると均一につくるのがものすごく難しい、そうすると隣同士の音に差が出てくる、音を均一に弾くのが難しくなるんですね。コンサートで楽器のそばに立ち会っているならすぐ対応できるかもしれないけど、趣味の方の楽器の場合なにかトラブルが起きた時にすぐ対処できない、などの問題が起こってくる。部品をとり替えればよいのか、工房に持ってこないと直せないものなのかすぐに分からない。すべての場合ではないけれども、チェンバロの構造はよく分からない、セルフメンテナンスは苦手だけれども、という人にもある程度寄り添える楽器をつくりたい、と考えています。

 

 もともと久保田も考えていたことだと思いますが、その「本当の意味」というのはかなり仕事をつづけることで、ようやく実感としてわかってきた、ということはあります。

 

ーー共感します。。。弾く方へ寄り添う価値観、大切なことですよね。

 忠実に楽器を復元する魅力も理解できるけど、それが弾く方や聴く方々に喜ばれ、人を幸せにする楽器かどうか?はとても大切なポイントですね。 楽器にどのように関わるかは、どのように生きたいか、ということにも繋がってくると思います。 私も仕事をつづけながら考えていきたいです!ありがとうございました!

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みずきさん製作のヴァージナルの前で。左がみずきさん。

【インタビュー後に想うこと】

 お父様の久保田彰さん(1953年生まれ)は日本における古楽器復興が盛んに行われるようになった第二世代にあたるそうで、工房は40年続く日本で最も実績あるチェンバロ工房! みずきさんは第三世代という感じ。いっぽう、ピアノ技術者第一世代は明治時代とすると、1975年生まれのわたしは、第四~五世代くらい。

 

 楽器の歴史としてはピアノのほうが新しいのに、日本におけるチェンバロの歴史はピアノより浅い、ということは今まであまり意識しなかった事でした。
 

 そう意識して比べてみると、久保田みずきさんは物凄くリアルに日本のチェンバロ製作第1~2世代の影響をうけつつ、現代の情報(世界中の技術者や演奏者の情報)にも触れている。そして30代の若さで自身のチェンバロを製作している女性... ワクワクします 笑。

 

 またお父様の久保田彰さんがコロナ禍になってから制作されたフォルテピアノは2020年11月にわたしの住む名古屋に運ばれてきて演奏会(小原道雄フォルテピアノリサイタル)で使用されていて、その演奏会を聴きに伺ったきっかけで埼玉の工房をお尋ねすることにもなったのですが、演奏が素晴らしかったことはもちろんのこと、魂のこめられた楽器のエネルギーや魅力に動かされて、久保田さんの工房へと引き寄せられたのかもしれません。

 

 チェンバロやフォルテピアノの世界中の録音、映像を見る機会は以前よりとても増えましたし、東京以外の地方での音楽会も年々増えているような印象があります。モダンピアノの調律師は興味をもって古楽器に 向き合えばそれぞれの楽器の違い、古典調律の違いも理解しやすい立場ですし、古楽をより深く知り”面白がる”ためにはもってこいの立ち位置なのだとあらためて感じました。

 

 今後も新旧の鍵盤楽器いろいろふれて、おもしろがって、さらに身近なお客様や友人とも楽しんでいきたいと思っております!