「トーンマイスター ワークショップ2016」 に参加して

~ヨーロッパのクラシック音楽の録音現場の実際 トーンマイスターについて~

 2016年7月2日、3日愛知県碧南市芸術文化ホールで、ドイツからトーンマイスターのエバハート・ヒン ツ氏が招かれ、クラシック音楽の録音ワークショップ、名古屋芸術大学・碧南市芸術文化ホール共催「トー ンマイスター ワークショップ2016」が開催されました。内容はヒンツ氏の約40年の音楽録音のキャリアを 振り返りながら、音楽録音の哲学、セッション録音の方法、ピアノの録音事例、マイクアレンジなどについて紹介され、午後からは実際のセッション録音が行われました。

【トーンマイスターとは】


 Tonmeister トーンマイスターとは1949年よりドイツの音楽大学ではじまった、録音・音響技術と音楽的知識とセンスをもった、「音に関するマスター = Tonmeister トーン マイスター」を養成するトーンマイスターコースを修めた、音楽プロデューサー・ディレクター、バランスエンジニアの総称である。 その教育は、音楽収録や中継において「より芸術的な音楽の伝達」を行うために、録音・音響技術のみではなく、音楽の演奏や音楽理論を始め、管弦楽法、総譜演奏、演奏 解釈批評など、演奏家と同等以上のスキルを身につける内容で、音楽収録・中継現場でのリーダーでありながら音楽家のパートナーとなるスペシャリストを養成することを目的としている。

 現在ドイツでは、ベルリン芸術大学とデトモルト音楽大学にトーンマイスターコースがあり、オーストリア、スイス、イギリス、フランス、オランダ、デンマーク、ポーランドなど欧州の音楽大学でほぼ同様の教育がおこなわれている。欧州の音楽収録や中継の現場では、これらの教育を修めたトーンマイスターが活躍している。

(名古屋芸術大学 芸術学部芸術学科音楽領域 サウンドメディア・コンポジションコース ホームページより)

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 今回のワークショップの講師であるドイツから招かれたエバハート・ヒンツ氏(写真左)は、1949年ドイツ生まれ、ライプツィヒ音楽大学でヴァイオリンを専攻、その後、ベルリン音楽大学(現:ハンス・アイスラー音楽大 学)でトーンマイスターを専攻後、1975年より東ドイツ国営のレコード会 社であるドイツ・シャルプラッテン・ ベル リンでトーンマ イスターとして活躍。ライプツィヒ・ゲヴ ァントハウス管弦楽団、シュターツカペレ・ ベルリン、シュターツカペレ・ドレスデン、ベルリン放送交響楽団などの著名音楽家の録音を数多く手がけています。トーンマイスターとしてキャリアを始めるまでにヴァイオリン奏者として演奏の勉強の時期もあわせて10 年間もの大学在籍勉強期間!!ドイツのトーンマイスターコースは、録音のみではなく、演奏コースと同様の実技レッスンがあり、音楽理論や総譜演奏などがあり、単位の半分以上は器楽演奏の単位を取得しなければならないそう。

【
ワークショップの内容】

 ピアニスト戸田恵氏を招き、ロマン派、近・現代といった時代の異なるピアノ曲を演奏(1.シューマン /リスト:ミルテの花より献呈、2.ドビュッシー: 前奏曲集第二番より「花火」、3.ショパン:バラー ド第一番、4. 武満徹:雨の樹素描II)1曲につき2時間ほどの時間をかけトーンマイスター、ピアニスト、ピアノ調律師が話し合いながら「その音楽にとってもっともふさわしい録音作品」となることを目指したセッション録音。

【録音の手順】

 1.ピアノ調律、調整、整音→ピアノの位置決め→マイク位置決め(仮)→2.ピアニストが1曲通して演奏→3. 演奏者と共にプレイバックを聴き、曲についての解釈や表現についてのディスカッショ ンを行う→4.必要に 応じてマイク位置、マイク種類変更、ピアノの音色、調律などを変更)→5.全体を通して演奏するのではなく、 どのように切り分けて録音を行うと音楽的によいかを相談しながら、演奏する箇所を決めて行く→6.その後 はパートごとのテイクを重ねて行きながら、テイクごとにその演奏の「気づき」をトーンマイスターがコメントしディレクションをしていくという、音楽性を重要視したドイツトーンマイスターの王道的スタイル。

【音楽プロデューサーとしてのトーンマイスター】

 手順としてはとてもシンプルだけれども、やはり特徴的だったのはトーンマイスターの音楽プロデューサー (音楽監督)としての役割部分。今回はセッション録音なので、「理想の演奏」を実現するために繰り返し演 奏し直したり、編集によって再現することもできる録音。では「理想の演奏」や「理想の音色」は誰がイメー ジするものが再現されるのか? 見学して感じたのは、演奏者とトーンマイスターが話し合いながらではある けれども、どちらかというと演奏家の思うように...というよりはトーンマイスターの音(音楽)のイメージに近 づいて行く過程のように感じました。(ただし、録音はトーンマイスターの演奏CDではないので、いかに演 奏者の演奏の解釈を膨らませ、よりよい方向に向けていくかが、トーンマイスターの仕事の実際である) ヒ ンツ氏は演奏される音を聴きながら楽譜に細かく素早くチェックを書き込み、「もっと歌っているように」 「この部分の8分音符がよく聴こえない」「間違えないように意識しすぎているのでは?」「この音の長さは もう少し長く」「この位置にアクセント がつかないように」など、音楽的な信頼関係がないと演奏家さん が怒ってしまうのでは?と感じてしまうくらい細かく具体的な音楽的指摘が続きました。音の切り貼り編集 を想定されながら細切れに録音されたテイクは1曲につき30テイクほど。。。(もちろん、5テイクのときもあれば、100テイクになるときもあるそうです!)

 そして、このような進め方が可能な理由はトーンマイスター自身がかなりのレベルで楽器を演奏できる能力があり、楽曲への知識理解を持ち演奏家の耳も持ち合わせているからこそできることであり、演奏家のほうも敬意をもってトーンマイスターに接しているからだと感じました。

【ピアノの音色を変える方法】


 ピアノ調律師とトーンマイスターと演奏家が話し合いながらピアノの整音をおこなうという場面もありました。「ピアノの高音部が硬い感じをもう少し柔らかくしてほしい」というピアニストからの要望。 →まずメインマイクではなく、ルームマイクを演奏者と一緒に聴いてみる→音質的にはやわらかいが、実際 はルームマイクは遠すぎるので、このマイクは使用できない。また、スピーカーからはどうしても高域が強 調されてしまう→ピアノ調律師に相談してみる →15分でできることがあるならば調整してほしいとトーンマ イスターから要請→15分ほどの整音作業→良い感じになりOKという流れ。 時と場合によっては、トーンマ イスターが音楽的な指摘を加え演奏を変えることで(もし変える事ができるならば)ピアノの調整もしないほうがより良い結果がでたのかもしれない。けれども この時マイクを位置や種類を試してみたり、調律師が整音に入った理由は、

○これが1曲目演奏の時の問題点だったこと(残り何時間、何日も上手く音色が作れない心理的ストレスを抱 えたままにならないように)

○なるべく音楽家が音楽のことだけを考えられるように」1曲目のうちに解決したい... と考えたからである と説明がありました。ヒンツ氏は続けて、普段の仕事において、マイクセッティング時間を約束通りの時間に終わっていることも 「音楽家が音楽のことだけを考えられるように」とても重要なことです、と話されました。

【ワークショップを終えて】

 年々、ピアノの演奏を録音したいのですが、という相談されることが多くなりました。今回のようなクラシック音楽の録音スタイルも知った上で、調律師の立場として何が出来るか?を常に考えるようにし、限られた予算内でもできるだけ音楽的な選択をし、適切な助言や作業ができるようにしたいものです。 聴く人の世代を超え、時代を超えて心動かされる音楽を残すことを目標とするならば、過去の素晴らしい音源に学び、制作過程に学び、過去の楽器からも学び... そして同業である調律師同士でも夢の音色を 語り合いながら仕事をしていくことは、より音のイメージを形にするために必要なことと思います。 このような学ぶ機会や夢の音色を語り合う機会をできるだけ逃さずにいたいものです!

 

 ワークショップの様子は下記リンクに詳しく掲載されてて マイク位置、種類による音の違いもダウンロードして聴く事ができるそうです。 http://soundmedia.jp/20160703Tonmeisterworkshop/


(名古屋芸術大学 芸術学部芸術学科音楽領域 サウンドメディア・コンポジションコース ホームページより)

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